2008年12月27日
ミケランジェロ・ブオナローティ
ミケランジェロといえば
ピエタ(十字架からおろされたイエスを、母マリアが抱く、というモチーフの像のこと)
のイメージが強いんだけど、
磔刑像そのものの作っていたのだなぁと。
医学的見解に基づく十字架「愛の激痛」という論文(和訳されたもの)を読んだ。
磔刑の苦しみというのは相当に酷いものらしい。
手首の骨のない場所に打たれた釘は
ちょうど太い神経束が通っている場所を貫くので、
抜けない上に焼けるような激痛を延々と与え続ける。
(で、万一、磔台から生きたままで降りることができたとしても、
この場所を損傷していると、手の機能は完全に失われると)
足を止めるには、
膝を45度に曲げた格好で
足の甲側から釘を打つわけだけど、
このときも、
第二指と第三指の間の、骨のないところを刺し貫く。
膝を曲げた姿勢で固定されると、
体重は腿で支えることになる。
いわゆる「空気椅子」の姿勢なワケだけど、
これを長く続けるのは不可能。
で、腿の力が抜けると、体重は
神経をヤられて麻痺している腕と肩に掛かってくる。
当然、肩の関節は外れる。
肘関節、手首も抜ける。
これで体を支えられるはずもなく、
今度は体重が胸にかかってくる。
胸は上に引っ張られる状態になり、
肋骨は伸びきってしまう。
これでは呼吸ができない。
酸欠になり、心拍数は上がる。
肺の機能が低下し、心機能も下がり、脱水症状を訴える。
やがて呼吸困難によって、
あるいは極度の負担によって心臓が破裂して、
死に至る。
長い時間をかけて、じっくりと、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、死ぬ。
十字架に掛けられたイエスというすこぶる残酷なモチーフを、
キリスト教徒が大切にするのは、
自分たちが負うはずの罪の苦しみを、
イエスが肩代わりしてくれたのだと言うことを
忘れないようにするため、そして感謝するため。
誰かのために総てを投げ出すことが、
果たして自分にできるだろうか。
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