2007年10月10日

中国人コレクター、侵略で失われた文化財を落札


乾隆帝けんりゅうてい1711年9月25日(康熙五十年八月十三日) - 1799年2月7日(嘉慶四年正月三日)
清の第六代皇帝 在位1735年 - 1795年。
いみな弘暦こうれき、廟号は高宗こうそう
在世時の元号の「乾隆」を取って「乾隆帝」と呼ばれる。

中国の美術品、ことに焼き物に書かれる「決まり事」の一つに
「大清乾隆年製」
の六文字がある。

素直に読めば「清帝国の乾隆皇帝時代に作りました」って意味なワケだけど、
実は実際に18世紀に作られ訳じゃない物(はっきり言えばニセモン・バッチモン)にも書かれていたりする。

……21世紀製のラーメンドンブリとかね。

つまり、騙りが出るほど、総画のがアタリマになるくらい、
その時代には「良い物」もたくさん作られたってこと。

清王朝で一番景気の良かった時期だしね。

1795年、乾隆帝は85歳で帝位を退いて太上皇ってのになった。
(日本で言うところの「上皇」ってヤツね)

ま、引退は名目上で、自分の倅の嘉慶帝かけいていを傀儡にしてたんだけどさ。

それは兎も角。

乾隆帝が太上皇になったのを記念して、白翡翠でハンコを作った。

こいつが孫の道光帝どうこうていの時代に起きたアヘン戦争のどさくさで海外流出していた。

それが巡り巡ってサザビーズのオークションにかかったってんで、中国人の美術愛好家が
「白ヒスイとしては最高価格を更新する592万ドル(約6億9234万円)で落札」
して、中国本土に取り戻した、というニュース

石マニアとしたら、白翡翠に約7億ってのは仰天だけど、
中国史マニアとしたら、それくらい付いても(確かに莫迦っ高いけど)有り難じゃないかと思う訳で。
posted by 何処園 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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