西方アラム語は、かつてアラビアのナバテア人 (Nabatean)、パルミラ人 (Palmyran)、パレスチナのキリスト教徒やアラム人ユダヤ教徒によって話された。
イエスは西方アラム語の方言を話した。
現在はシリアのマアルーラ(Ma'aloula)村など三つの村で話される現代西方アラム語を除いてまったく消滅している。
東方アラム語は、シリア語 (Syriac) やマンダ語 (Mandean)、現代アラム語などを含む。
これらのいくつかは、シリア・イラク・イラン・トルコ・グルジア・アルメニアのいくつかの村で話されている。
アラム語を話すユダヤ教徒の一部は、現代のイスラエルとロサンゼルスへ移住した。
ロサンゼルスでは毎年、アラム語の母国語話者のコンベンションがある。
主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、
言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。
我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。
創世記11章:5節〜9節(新共同訳)

